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大阪地方裁判所 昭和47年(手ワ)285号 判決

原告 大阪貯蓄信用組合

被告 丸富機工株式会社

主文

被告は原告に対し金五〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四六年三月二六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行できる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

主文同旨の判決および仮執行宣言。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者双方の主張

一、原告(請求原因)

(一)、原告は別紙約束手形目録記載のとおりの約束手形一通を所持している。

(二)、被告は拒絶証書作成義務を免除して右手形を裏書した。

(三)、原告は全国信用協同組合に対し右手形を隠れた取立委任裏書し、同協同組合は満期の翌日支払場所(手形交換所)で支払担当者に支払のため右手形を呈示したが、支払がなかつたので、原告は即日右手形の返還を受けた。

(四)、よつて、原告は被告に対し次の金員の支払を求める。

1 約束手形金元本

2 右手形金に対する満期の翌日から支払ずみまで手形法所定率による法定利息。

二、被告(答弁・抗弁)

(一)、答弁

1 原告主張の請求原因事実中、(一)(二)の事実は認める。

2 同事実中、(三)の事実のうち全国信用協同組合に対する原告の裏書が隠れた取立委任裏書である点は否認するが、その余は認める。

(二)、抗弁

1 原告の全国信用協同組合に対する裏書は譲渡裏書というべきであるから、原告の本訴提起のときには本件手形を原告が受戻した日と自認する昭和四六年三月二六日から既に六月を経過しているから原告の被告に対する再遡求請求権は消滅しており、被告は本訴において右時効の抗弁を援用する。

2 なお、仮りに原告の本件裏書が隠れた取立委任裏書であつたとしても、それは信託的譲渡の効力を有するものであるから、隠れた取立委任裏書の裏書人である原告は、内部的な取立委任関係を第三者に主張して遡求権の時効期間である一年を主張し得ず、受戻の日から六月の再遡求権の時効期間を適用すべきである。

三、原告(抗弁に対する答弁)

1  被告主張の抗弁事実は否認する。

2  原告は全国信用協同組連合会から本件手形の返戻を受けたものは、隠れた取立委任裏書の委任終了に基くもので、遡求義務を履行して受戻したものではないから、被告主張の如き再遡求権の時効を適用すべき理由はない。

第三、証拠〈省略〉

理由

第一、当事者間に争いのない事実

原告の全国信用協同組合連合会に対する本件手形の裏書が隠れた取立委任裏書であることを除いた他の事実についてはすべて当事者間に争いがない。

第二、隠れた取立委任裏書成否の判断

成立に争のない甲第一号証、証人平尾哲男の証言によると、原告は貯蓄信用組合として金融事業を営むものであるが、本件手形は第四裏書人たるニチイス株式会社からの依頼で手形割引をなし、同会社から裏書を受けたが、原告は手形交換所に加盟していないので、原告が加盟する、いわゆる親銀行である全国信用協同組合連合会へ取立委任のため隠れた取立委件裏書なしたが、支払拒絶になつたので裏書抹消のうえ手形の返戻を受け現に原告が所持している事実を認めることができ、これらの事実に照らすと原告の本件手形裏書が隠れた取立委任裏書であることは明らかであり、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

第三、隠れた取立委任裏書と時効

本件の主たる争点は隠れた取立委任裏書の裏書人の他の裏書人に対する手形金請求権の時効期間を遡求権の時効として手形法七〇条二項、七七条一項八号の一年をもつて数えるべきか、或いは再遡求権の時効として同法七〇条三項、七七条一項八号の六月をもつて数えるべきかにある。そこで、この点につき検討するに、裏書人が自己の有する手形債権取立の目的をもつて、通常の譲渡裏書をなすいわゆる隠れた取立委任裏書においては、手形上の権利は通常の裏書におけると同様裏書人から被裏書人に信託的に移転し、取立委任の合意は単に人的抗弁事由となるに過ぎないのである(最判昭三一・二・七民集一〇巻二七頁、最判昭三九・一〇・一六民集一八巻一七二七頁、最判昭四四・三・二七民集二三巻六〇一頁)。

したがつて、隠れた取立委任裏書の裏書人が被裏書人から手形を回収する法律関係は、当事者間の実質関係如何を問わず一たん譲渡移転した手形上の権利の再取得であるといわざるを得ない。しかしながら、支払拒絶後の手形上の権利の再取得であつても、被告主張の如くこれをすべて、手形法七〇条三項に従い裏書人の再遡求として「手形ノ受戻ヲ為シタル日」から「六月」を以つて時効に罹るものとすることはできないと考える。すなわち、同条項の「受戻」というのは、手形上の遡求義務を履行し償還をなしたうえ手形の返還を受けることを指すのであつて、手形の遡求義務の履行と無関係に手形を再取得することまでをも含むものではない。このことは、手形法上の「受戻」なる文言が遡求義務履行による手形の回収を意味していること(手形法四九条、五〇条、七七条一項四号)、手形受戻による再遡求権の時効期間を「六月」としたのは、遡求権の時効が手形法七〇条二項により満期の日(拒絶証書作成免除の場合)から一年とされているが、これをそのまま再遡求に適用すると、満期の日から一年経過直前に遡求を受けその義務を履行した再遡求人にとつて極めて酷であること、および再遡求を義務履行後迅速に行なわせようという趣旨に出たものであることなどから、明らかなところである。

したがつて、支払拒絶後の手形再取得であつても、遡求義務の履行と無関係になされたものについては、手形回収者を特に遡求義務者より厚く保護する必要はないし、また、手形再遡求の迅速性を促す必要も見当らないから手形法七〇条三項の時効期間によることはできないのである。

そして、支払拒絶後の手形再取得の法律関係は、遡求義務の履行による手形の受戻のほかにも、期限後裏書、戻裏書、指名債権譲渡、相続などがあり得るのであつて、本件の如き隠れた取立委任裏書の裏書人の被裏書人からの支払拒絶後における手形の回収は、特段の事情がない限り、取立委任契約終了に基く返還であつて、手形債権の再譲渡であると解すべきである。この場合、隠れた取立委任裏書の裏書人は、戻裏書を受けるか、自らの裏書を抹消し、或いは被裏書人から裏書人への実質的な権利移転を証明して、回復した手形所持人たる資格に基き、手形遡求権を行使し得るのであつて、この場合の時効期間は手形法七〇条二項に従い拒絶証書作成免除の場合満期の日より「一年」を以つて時効に罹るものといわねばならない。

そうすると、原告の本件約束手形金請求の訴は拒絶証書作成免除ある本件手形の満期の日(昭和四六年三月二五日)から一年を経過する以前の昭和四七年三月九日に提起されていることが記録上明らかであるから、被告主張の時効の抗弁は採用できないところである。

第四、結論

以上のとおりであるから、被告は原告に対し本件約束手形金、およびこれに対する満期の翌日から支払ずみまで手形法所定率による利息金として主文一項記載の金員の支払義務があることが明らかである。よつて、被告に対しその支払を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川義春)

別紙 約束手形目録〈省略〉

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